何ヶ月か前にTwitterにも書いたが、僕が大切にしている言葉に、「事実はひとつだが、真実はたくさんある。」がある。これは、僕が大変だった時期に、マネックス社長の松本大さんからいただいた言葉だ。
友人Oも言っているように、認識は人それぞれ違う。だから、その人にとっての真実も、またそれぞれ違う。更に言うと、人それぞれでどころか、同じ人であっても、昨日と今日では、また認識が真実が変わってくるのだ。
大切なのは、真実やそれに基づく判断は、人によって違いがあることを認めること。そして自分と違うものであっても、それを許容する心を持つことなのではないかと思う。
2006年の日記から。
真実はひとつか?(2006年02月23日15:38)
以前私が経営していたIT企業が、他社と合併することを発表した時、散々マスコミに叩かれた。
IRでは、きちんとした発表も、説明会も開催したのだが、新聞や雑誌に、「無責任に社長を降りた」、「株主を裏切った」、「株を売り抜けた」などと繰り返し報道され、どんどんそれに尾ひれがついて、「大儲けして豪邸を建てた」とか、「すごい金額の個人負債があったらしい」とか、「計画倒産を企てた」という根も葉もないひどい噂話が流れたり、自宅に怪文章が送られてきたりして、私は精神的にズタズタになった。
その時の内容に関しては、まだまだ思い出したくもないし、今更何も説明するつもりもないが、私としては株主・取引先・従業員にとって最善の経営判断を行い、誠実に実行したつもりである。私を直接知っている人は、私という人間を見て、何が本当なのか判断してくれるだろう。私を知らない人については、残念ながら、何も説明や言い訳をする機会も意志もないので、偏見と間違いに満ちた報道を見て各々が感じた印象が残り続けることだろう。私はそれでいい。あとはこれからの私の話だから。
当時の私はかなりひどい状態だった。
その時のことはあまり思い出したくないし、未だに冷静に見つめることはできない。毎日報道される悪意と妬みに満ちた嫌なニュースを見ると当時のことが今でもフラッシュバックする。
そして、その時に、マネックス証券の松本社長が会ってくれて、いろいろアドバイスをいただいたという話も以前日記に書いた。
(「私マネックスのファンです。(2005年09月22日)」)
彼も今現在、まったく本質的でない誹謗中傷の真っ只中にいる。彼も本来やらなくて良い苦労をしていると思う。お気の毒だ。
それで松本さんが私にしてくれた話だ。私なりに解釈して書くと…
真実と事実は違う。事実はひとつしかないが真実はいくつもある。
事実は、いつ誰が何をした、という現実の動きであり、それはひとつだけであり、変わらない。
マスコミは真実というものを求める。何かの事実に対して、それが起こった原因、引き起こした人間の心理、彼らが得たものあるいは失ったもの、そういうものを調べ、あるいは勘ぐり、話が面白くなるように勝手につなぎ合わせてストーリーを作る。
しかし、人間が何か行動を起すときは、金を儲けたいとか、名誉がほしいなどの単純な考えだけで動くことはあまりない。
自分のときの例は書きたくないので、あまり適当な例を示めすことができないが、
例えば、「株の分割」を決定したとしよう。その時に彼は、分割したら株価が上がるだろうな、少額で買えるようになって株主にもいいだろうな、でも費用がかかるだろうな、でも自社の顧客が一株ずつでも買ってもらえる株価って画期的だろうな、とかいろいろなことを考えて分割の実施を決めたはずだ。その中には、大小は別として、株価を上げたいという気持もあっただろうし、株主や投資家のためという気持もあっただろう。もし、そういうものが真実だ言うのであれば、真実なんていうものは沢山存在するし、今日と明日で変わってしまうものだ。そのときはそう思って決めたことでも、次の日になると自分の考えも変わったり、揺れ動いたりするようなことはしょっちゅうある。
次の例。
顧客の企業に、何かの製品やサービスを提供する会社があったとする。営業が一人いたとする。その営業は、自分の会社の製品やサービスを顧客に売り込むのが仕事だ。彼は営業のプロなので、「社長、これは高いですが、それだけの価値がありますよ。貴社の価値を増大させますよ。」とか言って、結構高い値段で顧客に商品を売ったという事実があるとする。しかし、後に、その価格で商品を販売したことが問題になったとする。この件の真実とはなんだろうか?
[悪い見方]:彼は、相手をうまく言いくるめて、自社の商品を不当に高く売った。裏には会社の厳しい営業ノルマ制があり、それを満たそうと焦っていた。上司にも、絶対予算を達成しろと、口を酸っぱくして言われていた。この社長はお人好しだったので、騙せると考えた。
[良い見方]:彼は、自社製品とサービスに自信をもっており、相手先企業がそれを導入することで事業に多大なメリットを与えることができると判断していた。顧客企業のためには、多少割高であっても、将来の拡張性などを考慮して、自社の良いものを購入してもらった方が、長い目で見ると結局は顧客のためになると考え、高い値段の契約を成約させた。
さて、どちらが真実なのか。きっと、どっちも真実だったのだろう。彼は、顧客のために顧客の方を向いて仕事をしていたし、同時に、自社の利益や自分の成績のプラスにしたいという気持もあったに違いない。それが普通だ。でも、相手が本心から納得していなかったり、価格や営業トークが極端すぎるとトラブルになることがある。それぞれがどう思い、どう見るかだ。商売的は、高く売ると売った企業が得をして、安く売ると相手企業が得をするように見える。でも、実際はそんなに単純ではないのである。
そういう訳で、松本社長は、『私は、マスコミに、真実は何か聞かれても絶対に何もしゃべらない。自分の思いや気持なんて同時に沢山あるし、毎日変わるし、聞いた人によって受け止め方も違う。何を説明しても、その中から、勝手なストーリーに合うような一言だけを取り出して、都合のいいように使われるだけであれば、説明すること自体に意味が無い。だから、私は本当に起こったこと、事実のみを淡々と説明し、どんなに、「説明責任がある」とか、「何か株主に言うことはないのか」と怒鳴られても、「それは想像にお任せします」と言うだけで、他は一切しゃべらない。マスコミに対しては、何を言われても相手にしないで心を閉ざすことだ。彼らの言うこと書くことに、一々怒ったり落胆したりしてはいけない。』と私にアドバイスをしてくれた。それ以来、私も同じようにしている。
面白おかしく作られたストーリーの上に乗るように、うまいことアレンジしながら物事をつなぎ合わせ、真実という言葉で正当化しようとするのが、昔からのマスコミの常套手段だ。そして、そういう記事を読んで、本当にそれらを信じてしまう人が世の中にはなんと多いことか。嘆かわしい。(私の友人でさえも、何人かはXXXの錬金術とかいうBLOGの内容を信じているんだから仰天だ。)「面白ければそれで良いのか?」という疑問さえもとっくに出なくなっているくらい、面白ければなんでも良いという考えは堂々とまかり通っている。そして、それはマスコミだけではなくて、結局は、当局も同じなのだということが今度のことで良くわかった。明白すぎて、あんぐりして、もう未練も何もない。
真実はたくさんある。
だからこそ、心のバランスを保って、判断を間違えないようにしたいと思う。そのための指針となるべきものを自分の中にしっかり持っていたいと思う。
そして、どのような判断をした人でも、それが真摯であれば受け入れてあげたいと思う。