あんなにも人に嫌われ憎まれていた人が、晩年にこんなにも人に尊敬され愛されたのは極めて希有な例ではないかと思う。それが僕にとっては大きな驚きであり、衝撃だ。
人に嫌われるくらいの人間でないと、これだけの偉業を成し遂げることができなかっただろうと僕は確信している。そしてたとえ嫌われてもやり遂げる人を僕はとても好きだ。でも普通は、世間はそういう人が嫌いだ。
人としてはちょっと欠陥人間だったような彼が(失礼な言い方でごめんなさい)、最期にはこんなにたくさんの人に感謝され、悼まれている。彼はこんなに多くの人に、こんなにも尊敬され、愛されていたのだ。
彼が一度会社を追われたとき、正直ホッとした人は少なくなかったと思う。彼は自分のやりたいことをするためには、平気で人を傷つけたり馬鹿にしたりするような人だった。自分と考えが違えば馬鹿扱いだったし、自分の邪魔になる人は敵と見なして平気で攻撃した。妥協してうまくやるということができなかった。ワンマンで人の言うことを聞かなかった。(当時の印象です。本当に当時の彼がそのような人だったかどうかはわかりません。)だから彼が去るのは仕方がない、そう思っていた人も多かった。あの時代にあの周りにいた人ならばその雰囲気がわかるだろう。
でも幸運にも彼は復帰した。確かに幸運があったのだろうけど、その後の彼がまた凄かった。彼が変わったのか、周りが変わったのか、時代が変わったのかわからないけど、とにかく凄かった。
変わり者のことは変わり者しかわからないし、変わり者は変わり者にしか愛されないと思っていた。最近彼を知った人が、軽々しく彼の言葉など引用して、座右の銘ですとか言っているのを僕はいつも苦々しく見ていた。最近のことしか知らずにこれを解釈するなよ、それも苦労なんかしていない優等生みたいな人がさ、とか思っていた。今でもそれはそう思うけど、そんなレベルはとっくに超えて、彼の言葉は多くの人々の胸を打つのであった。
今回のことで僕が知ったのは、変わり者や嫌われ者でも、最期に世の中の多くの人に感謝され、尊敬され、愛されることができるということだ。これは(同じく変わり者で嫌われ者の)僕にとっては衝撃的なことだ。どうしてこのようなことが起きたのか、今の僕にはわからない。いつかわかる日が来るだろうか?
わからないけどうれしい。悲しいけどうれしい。うれしいけど悲しい。
R.I.P.
2011/10/06
asada’s memorandum: Jobsが死んで。
あんなにも人に嫌われ憎まれていた人が、晩年にこんなにも人に尊敬され愛されたのは極めて希有な例ではないかと思う。それが僕にとっては大きな驚きであり、衝撃だ。...
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