February 2012
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Feb 16th
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January 2012
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Jan 22nd
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Jan 22nd
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Jan 22nd
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Jan 22nd
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Jan 22nd
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Jan 22nd
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December 2011
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石井ちゃんとゆく!(ユニバーサルデザイン専門番組)
ゴッホと色覚のことを書いたエントリーがとても好評なので、ちょっと宣伝みたいなものをやっちゃおう。 ゴッホの記事が評判になるのはとてもうれしいのだけれど、評判になるにつれて、そんなことはあり得ないとか、彼が色覚異常だったはずがないとかいう専門家がきっとたくさん出てくると思うので、批判みたいなものもきっとたくさん寄せられるだろうと思う。それがちょっと憂鬱。僕は、ゴッホがどのような色覚を持っていたかという真実を解き明かそうとするつもりはない。色覚異常シミュレーションでゴッホの作品を見るとまた違った素晴らしさがあることを自分なりに発見して、色覚や色彩の奥深さについていろいろ感じるところがあったので、これを契機にそのような分野をもう少し深く研究したいと思ってはいるけれど。 さて、本題。 ...
Dec 12th
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October 2011
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The Day I Saw Van Gogh's Genius in a New Light
Japanease version The other day, I experienced the “Color Vision Experience Room” at the event of the Hokkaido Color Universal Design Organization (HCUDO), where I had invited to speak. The event’s main objective was to educate the public about the diversity of color vision which exists in our society. The event also sought to promote the idea that any time we make choices about colors, we...
Oct 15th
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ゴッホの本当のすごさを知った日
English version 先日、北海道カラーユニバーサルデザイン機構(北海道CUDO)のイベントで、「色覚体験ルーム」というのを経験した。特殊な分光特性を持つライトに特殊な光学フィルタを被せたものを照明として使用しているその部屋の中では、一般型の色覚の人でも、P型(1型)やD型(2型)色覚の人と同様に色が見えてしまうのだ。つまり、特定の色の組合せにおいて、色の区別がつかなくなってしまう。こんなすごいものをよく作れたと思う。その部屋の中でいろいろなものを見たが、裸眼で色覚体験を行うのは、シミュレータを使ってディスプレイ上で見るのとはまた違った臨場感がある。貴重な体験だった。 部屋の中にフィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent van...
Oct 11th
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ウランバーナの森(2006年05月10日23:44)
昨日今日と同じような状況を一度だけ体験したことがある。それは1980年の12月8日だった。きっと日本では12月9日だったに違いない。 ラジオから銃弾に打たれて死んだロックスターのニュースが流れてきて、どの放送局も全部その追悼番組みたいになった。生前の彼の人柄や功績や栄光が紹介され、インタビューされた女子高生がラジオで泣いていたりして、訳が分からん連中の馬鹿馬鹿しい騒ぎに胸が痛んだ。極端な言い方をすれば、自分の好きな人を穢されたくらいの気持ちになってなりやりきれなかった。 ...
Oct 6th
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Jobsが死んで。
あんなにも人に嫌われ憎まれていた人が、晩年にこんなにも人に尊敬され愛されたのは極めて希有な例ではないかと思う。それが僕にとっては大きな驚きであり、衝撃だ。 人に嫌われるくらいの人間でないと、これだけの偉業を成し遂げることができなかっただろうと僕は確信している。そしてたとえ嫌われてもやり遂げる人を僕はとても好きだ。でも普通は、世間はそういう人が嫌いだ。 人としてはちょっと欠陥人間だったような彼が(失礼な言い方でごめんなさい)、最期にはこんなにたくさんの人に感謝され、悼まれている。彼はこんなに多くの人に、こんなにも尊敬され、愛されていたのだ。 ...
Oct 5th
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September 2011
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飛行機に乗り遅れながら友人Oとの約束を果たす(2011年9月)
僕が以前Twitterで連載していたお話に「親友Oと私の問答」というシリーズ(友人Oシリーズ)がある。これは実在する友人Oと私がお茶や酒を飲みながらぺちゃぺちゃしゃべっている内容を短くまとめたものであり、面白くおかしくアレンジはしてあるが、基本的には実話と言ってもいい。 第1回:馬鹿について 第2回:愛について 第3回:想像について 第4回:邪魔する者と助ける者について しばらく書いていないけどまだまだ続く予定。そのうち本にしたいな。 ...
Sep 22nd
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March 2011
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“下校時刻になって、担任の物理教師がおもむろに話しだした。 「今回の震災で我校の教師や生徒も被災者となり、登校できない人がいます。センター試験が終わり、受験生とし...”
– 被災者の役に立ちたいと考えている優しい若者たちへ~僕の浅はかな経験談~ - chodo’s posterous (via bbk0524)
Mar 14th
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October 2010
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晩秋の七竃
9月末に書いた、七竃(ナナカマド)の実の色は?から1ヶ月後の七竃のお話。 七竃の実は夏の間にできるが、最初は緑なので、葉の緑に埋もれてどの色覚タイプの人もなかなかその存在に気付かない。 秋の始めに、実は紅く色付き、緑の葉とのコントラストで一般型(C型)色覚の人にははっきりと見えるようになる。そして紅い実はかわいくって、そして風流で、七竃がある風景が好きだったりする。1型(P型)と2型(D型)の色覚タイプの人は、葉の緑と実の赤が混同してしまうので、なかなか実に気付かない。 秋の終わりには、七竃の葉もまた真っ赤に紅葉する。そうすると、葉も実も赤いので、再びどの色覚タイプの人も、パッと見ただけでは実の存在に気付かなくなる。 ...
Oct 31st
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深呼吸する和歌
Twitterを始めてから16ヶ月。折に触れて、短歌や俳句や和歌など書いてツイートしていたのだが、思い立って集めてみたら50ほどあった。全部は収集できていないかもしれず、本当はもう少し書いているかもしれない。(この他に140字小説もあるんだけど。) 拙句、拙歌ながらご披露させていただきます。よろしければご覧くださいませ。(毎日書いている「深呼吸する言葉」ははてなで公開しています。そちらもよろしくお願いします。) 姫リンゴの下で餌つばむ鳩たちが飛び去る空は君と同じ空 我が奏でし音調べ波となりて響きけり込めよありたけの優しさを遥か君まで届かんと 世の人よ救われんと祈る君こそをいざ我一人救わんとぞ誓う 旅々を終えて気付けば早師走 元日の朝日に向かって飛ぶ鳥が君と重なり思わず手を振る 熊手ほど大きくはなし我の手を今年は少し長く合わせる ...
Oct 18th
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September 2010
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七竃(ナナカマド)の実の色は?
北海道も今年の夏は暑かった。もうどうしようというほど暑かった。 僕が生まれ育ったのは旭川は盆地なので、夏は暑くて冬は寒い。+30℃と-30℃で気温差は60℃にもなる。 なので、暑いのはまだ我慢できるのだけど、今年は湿度まで高かった。まるで東京にいるかのようにじめじめした日が続いた。おまけに部屋にこもってずっと作業したので、今年買ったiMac君が熱を出す.更に暑ーい。 ようやく暑かった夏も終わったと思えば、このところ急に寒くなってきた。昨日は布団に入っても寒くて、毛布を出そうかと思ったくらいだ。 というわけで、涼しくなったとたん、道路の七竃(ナナカマド)の実が赤くなってきた。もう少しすると葉も全部真っ赤に紅葉して、とてもきれいになる。僕も大好きな木だ。七竃は、7回竃(かまど)にくべても燃えないくらい燃えにくい木なんだそうだ。 ...
Sep 22nd
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March 2010
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Mar 17th
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お手伝いしたワインが届いた!
今日、とうとう待ちに待ったワインが届いた。 2008年の春に僕がニュージーランドの楠田さんのワイナリーを訪ねて、ワイン作りのお手伝いをしてきた2種類のワインのうちのひとつ、KUSUDA Pinot Noir 2008 がとうとう出荷されたのだ。 もうドキドキしちゃって飲むのがもったいないが、やはり今晩早速一本を開けようと思う。感慨深く、言わなきゃならないこともたくさんあるような気がするのだが、胸が一杯でこれ以上のことは書けない。でもそのうち書くので、少し時間をください。 発送の都合や大雪などで到着が2日ほど遅れたけど、なんの偶然か今日は結婚記念日。楽しんで飲ませていただきます。楠田さん初の白ワインのRieslingも届いたのでそれも開けよう。 ...
Mar 11th
February 2010
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残された椅子(2008年5月)
一昨年の6月。大好きだったおばあちゃんが死んだ。 人は必ずいつかは死ぬ。死に行く本人はとても大変で、僕にその気持ちがわかっているなんてとても言い難いが、残される人たちもまた大変だ。 僕が死ぬときは、残される人がなるべく悲しくないよう、そんな死に方をしたいと思っている。そのためなら、どんなに大変でも、念入りに準備をしておきたいと思う。私が死んだらこうしてくれ、ああしてくれなんて一切言うつもりはない。残される人に負担をかけたくない。 だから、そのような「深呼吸する言葉」も書く。 人はいつか必ず死ぬ。それまで沢山の人を愛したい。沢山のことを知りたい。大切な人を守りたい。 ...
Feb 26th
燃費比較(2008年7月)
いろいろな乗り物の燃費を比較してみた。 リーマンショックが起きてしまった後は、それ以前ほどは、環境のことに意識が回らなくなってしまった感がある。これを書いた2008年7月は、まだ世界中でマネーが過剰な流動性を持っており、環境やエネルギービジネス関連の時価総額もどんどん上がっていたタイミングだった。 いずれ、また世界景気が回復してくれば、環境破壊や人口増加に端を発するエネルギーの問題、それのみならず、水や食糧が不足する問題が再度クローズアップされてくるだろう。 世の中にはいろいろな人がいるもので、地球温暖化は起こっていないとか、逆に氷河期に向かっているとか、水から無尽蔵にエネルギーが取れるとか、様々な意見があるようだが(笑)、何れにしても、エネルギーや環境が重要であることは間違いない。 2008年7月の日記より。 燃費比較 2008年07月01日10:41 ...
Feb 10th
January 2010
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ワイン醸造家、楠田浩之さんのこと
僕が、世界で一番好きな、そして、一番尊敬している醸造家は楠田浩之さんだ。 楠田さんとの出会いについて書くと少し長くなる。 2008年1月末。関東のとあるオルベージュを訪れたときのこと。そこは、近所で採れるおいしい野菜を仕入れて作るフレンチがとてもおいしいと評判の店で、その日はちょっとおいしいワインを飲みたかった。ワインリストを見せてもらうとワインもかなり充実していて、いろいろな銘柄がずらりと並んでいる。しばらく眺めたのだが、どのワインにするかなかなか決められず、ソムリエと相談しながらリストを眺めていると、KUSUDAの文字が目に入った。 ...
Jan 22nd
パティシエ、フレデリック・千葉さんについて
僕が尊敬するパティシエ、フレデリック・千葉さんはパリ在住。2003年にフランスに帰化したので、今ではフレディリック・千葉が本名だ。それまでは、千葉好男だった。1949年生まれだから、今60歳のはずである。 彼は、フランス三大菓子コンクールのひとつ、アルパジョン・ガストロノミック・コンクールで銅賞、フランス最大のシャルル・プルースト杯コンクールで金賞およびパリ市杯を受賞。そして1995年には、日本人初のフラン料理アカデミー会員に推薦され、選出されている。まさに日本人を代表するパティシエと言えよう。 2008年、とあるレセプションに出席するために初めてパリを訪れたときに、共通の知人から紹介していただいて知り合った。 ...
Jan 21st
1984(2009年6月)
村上春樹の「1Q84」を読んで、自分が1984年の頃に何をやっていたのかを思い出して書いてみた。文章はちょっぴり春樹風にしている。(笑) 普通の人とまったく違った青春時代を過ごした。普通の人と同じことが嫌いな、ひねくれた性格の僕らしい青春だったと思う。センチメンタルシリーズ。 2009年6月の日記より。 1984 2009年06月07日01:00 1984年、僕は大学3年生だった。 情報数理工学を専門にしていた僕は、大学の学生の中でもかなりコンピュータに詳しいほうだった。 大学に入学してすぐにマイコンショップでアルバイトを始めていたし、そこで知り合ったマイコン少年や雑誌の編集者、ソフトウェア会社の人の伝手で、徐々にアルバイトと言えないくらいの高度な仕事をするようになり、学生ながら数多くの製品開発をこなしていたからだ。 ...
Jan 19th
竹中平蔵さんの講義(2008年04月)
竹中平蔵さんのことをあーだこーだ批判する人は本当に多いのだけど、本当に彼の言っていることを理解して、自分の頭で考えて批判しているのだろうかと疑問に思うことも多々ある。もちろん、考え方は人それぞれだし、自分の意見を言うのは自由なので、批判することは構わないのだけど。 僕は、彼の物の考え方や話が大好きだ。物事の本質をきちんと見極め、実行力を持って、実現していくことができる類い稀な人物だと思っている。 幸運にも、竹中さんは、僕が今所属している大学院の教授であるので、ときどき講義を聞かせてもらっている。いつも面白いし、大変勉強になる。あくまでも教授と生徒の関係で、個人的に話せるほど親しくはない。 ...
Jan 18th
IBM、椎名武雄さんのこと(2005年11月)
椎名武雄さんからいただいたアドバイスは、過去に書いたこの2本の日記に書いている以外にもまだまだたくさんある。どれもご自身の壮絶な経験から出たアドバイスで、僕には非常に役に立った。それらをこれからも若い人たちに伝えていきたいと思っている。 ひとつ思い出した。僕がリスクが高いことをやろうかどうか、悩んでいたときだ。 電力の鬼といわれた松永安左ヱ門は、「人間は三つの節を通らねば一人前ではない、その一つは浪人、その一つは闘病、その一つは投獄だ。」と言ったらしいが、そのアレンジなのか、椎名さんは、こんなことをおっしゃっていた。 「浅田君、男は、離婚と破産と刑務所に入ることの3つを経験して初めて一人前らしいぞ。男だったらそのくらいのことをしないと駄目だ。俺たち(椎名さんと江崎さんと高石さんのこと)は、まだ離婚しか経験してないけどな。はっはっはっ。」 ...
Jan 17th
数学者、秋山仁先生のこと(2005年10月)
昔、と言ってももう30年近くも前になってしまうのか。 大学で、数学者の秋山仁先生の授業を履修していた。グラフ理論の授業だったが、それはそれは本当に面白かった。若くってこんな面白い先生いるんだなと思いつつ、グラフ理論そのものも非常に面白くて、勉強嫌いの僕にしては珍しく、かなりのめり込んだ記憶がある。 日記にも書いたが、秋山先生は、授業に、世界的に有名な数学者をたくさん連れてきた。学生達は英語があまりわからないので、秋山さんが通訳しながら講義してもらったが、その通訳がまた格好よかった。 僕が数学を好きになって、その後の人生で数学を使う仕事ばかりするようになったのは、秋山先生の影響も大きいと思う。昔から髪が長かったような気がするが、今ほどボサボサではなかったような気がする。 確か、この本だったかな?「秋山仁の数学渡世」 (朝日文庫)...
Jan 15th
Jan 13th
物理学者、江崎玲於奈さんのこと(2005年10月)
僕たちの世代では、日本で一番有名な物理学者と言えば、迷うことなく江崎玲於奈さんなのだ。少なくても僕の中では間違いなくそうだった。 ご縁があって、江崎さんとお付き合いさせていただいているので、いろいろな人との話の中で彼の話題が出ることも何度かあったのだけれど、40歳以下の人の中には江崎さんを知らない人も多いことがわかり、その度に、お前ら本当に日本人か、と言いたくなったものだ。(笑) 江崎さんの業績は、いろいろな書籍やサイトに詳しく書いてあるのでここでは説明しないが、江崎ダイオードの原理は量子力学によってのみ説明できるもので、極めて先進的な発明だった。 国立科学博物館 科学系ノーベル賞日本人受賞者9人の偉業 1973 ノーベル物理学賞 江崎玲於奈 ...
Jan 12th
品川・ジュネーヴの友情(2005年10月)
お正月なので、お寺の梵鐘の話などを。 南品川にある品川寺(ほんせんじ)の梵鐘は、江戸時代の末期に行方不明になり、なんとスイスのジュネーヴで発見され、昭和4年(1929年)に無事に品川に戻ってた。 その美しい両国の友情の話を、私はスイスの人から教えてもらった。そのことについて書かれた「Geneva・Shinagawa(品川・ジュネーヴ)」という本がある。この本は美しい。内容も美しいし、装丁も素晴らしい。 現在、梵鐘は国宝となり、品川寺にある。 さて、後日談。ハワイに住む僕の友人が、僕のこの日記を読んで、どうしてもこの鐘が見たいと、日本に来た際にわざわざ品川寺まで出かけていった。ところが、この国宝は公開されておらず、見ることはできなかったらしい。詳しくは書かないが、そのときの寺の坊主の対応が、かなり無礼でひどかったらしい。 ...
Jan 10th
癌になるということ(2007年10月)
指揮者の小澤征爾さんに、定期健診で早期の食道癌が見つかったそうだ。人間ドックで見つかったということは、おそらく自覚症状もなく、ごく初期だったのではないかと思う。小澤さんは74歳。僕の母と同じ歳だ。しっかり治療して、またお元気に活躍してほしい。 僕の医学部時代の所属は、北海道大学遺伝子制御研究所。専攻は、癌医学/癌関連遺伝子分野だった。でも、実際には僕は癌の研究はやっておらず、RNA干渉という遺伝子の発現制御(ONとOFF)を行う技術の研究をしていた。 それでも、もしかしたら、癌については、他の人よりは少しばかりは詳しいかもしれない。 癌は特別なものではない。そして、特別な人だけが患う病気ではない。...
Jan 7th
私マネックスのファンです(2005年09月)
「真実はひとつか?」という過去の、結構恥ずかしい日記を紹介してしまったので、その中で触れているこの日記も紹介せざるを得なくなった。まあ参考文献ということで。 しかし、ここに書いてある、「うまく行っているときは、いろいろな人が大挙して寄ってくるが、いざ大変なときになると、潮が引くように誰もいなくなる。そして、そういうときに来てくれた人こそが、本当に信頼できる人だ。」という僕が身を持って体験したことは、いい教訓になるのではないかと思う。 世の中そういうもんさ。 あと、困っているときに親身になってアドバイスをしてくれる人生の先輩を持ちなさい。また困った後輩がいたらアドバイスしてあげられるような人間になりなさい。そうできるような真摯なお付き合いを普段からしなさい、ということだろうか。ちょっと偉そうだけど。 2005年の日記より。 ...
Jan 4th
真実はひとつか?(2006年02月)
何ヶ月か前にTwitterにも書いたが、僕が大切にしている言葉に、「事実はひとつだが、真実はたくさんある。」がある。これは、僕が大変だった時期に、マネックス社長の松本大さんからいただいた言葉だ。 友人Oも言っているように、認識は人それぞれ違う。だから、その人にとっての真実も、またそれぞれ違う。更に言うと、人それぞれでどころか、同じ人であっても、昨日と今日では、また認識が真実が変わってくるのだ。 大切なのは、真実やそれに基づく判断は、人によって違いがあることを認めること。そして自分と違うものであっても、それを許容する心を持つことなのではないかと思う。 2006年の日記から。 真実はひとつか?(2006年02月23日15:38) 以前私が経営していたIT企業が、他社と合併することを発表した時、散々マスコミに叩かれた。...
Jan 4th
December 2009
12 posts
友人Oシリーズ第4回、「邪魔する者と助ける者について」
第4回 邪魔する者と助ける者について(全7片) 1 僕曰く:「今落ち込んでいる。ある企業から仕事を手伝ってくれと頼まれたが、始めた途端にある連中から『あいつを辞めさせろ』とのクレームが入りご破算になった。過去にも同じようなことが何度もあった。俺は社会的評判が悪いようだ。言う方も言う方だが、態度を翻す経営者はもっと情けない。」 2 友人O:「ははは。お前のことを邪魔する奴は、人間じゃなく妖怪なんだよ。一々対処してもエネルギーを消費するだけさ。彼らは、お前を怒らせ、落ち込ませるのが役目なんだ。 妖怪に囲まれたときは無視するのが正解だよ。」 僕:「そんな人間じゃない奴がその辺にごろごろしてるってことかい?」 3...
Dec 29th
2 notes
堀江さんについて書いた日記(2005年~)
後輩の堀江さんが、民事でライブドアと和解のニュース。 彼の持っている全ライブドア株や未払い配当金など、彼の今現在の資産の大部分が、ライブドアに支払われることになったらしい。彼はどんな気持ちでこの和解案を受け入れ、サインしたのだろう。 まだ肝心の刑事訴訟で、上告審が残っている。民事もたくさん残っている。 彼の心中を察しつつ、昔、彼が選挙に出て負けたとき、強制捜査が入ったとき、逮捕されたとき、その時々に書いた日記の一部を引っ張り出してみた。 最初は母親のような気分。逮捕直後は、激しい怒り。時間が経つにつれて、徐々に感情が無くなり、無感情になってしまった自分を見ることができる。彼と再び会えるようになってからは、何度か会ったが、それらのことは人目に触れる日記には一切書いていない。 文面は当時のままなので、勘違いや間違いがあるかもしれません。ご容赦ください。...
Dec 26th
1 note
友人Kさんの言葉(2009年10月)
友人Kさんの言葉。「良いことをしたときは、決してそれを誰にもしゃべってはいけない。さすればそれは『徳』となりどんどん積まれてゆく。『徳』はその後その人が生きていく中でプラスに作用する。でも、もし誰かにしゃべってしまったら『徳』とはならない。」 で、僕に徳がないのはその所為。
Dec 25th
親友Oと私の問答(友人Oシリーズ)第1回~第3回(2009年9月)
第1回 馬鹿について(全3片) 1 僕曰く、「ちょっと言葉は悪いけどさ、最近なんか馬鹿な奴が増えたよな。報道とか見ても本質を外した面白おかしいものばかり。それに踊らされて、大して悪くもない奴を許せんとか言って怒ってる国民。何もしないでこぢんまりしようとか、そんなのばかり。」 友人O:「それは練習の賜物だよ。」 2 友人O:「皆小さいときから一生懸命訓練を繰り返して、立派な馬鹿になっていくんだよ。書道が上達するみたいなもんさ。一流学校に入学する、毎日真面目に学校に通う、サラリーマンや公務員なる、起業も転職もしない。その間に刷り込まれるのさ。」 僕:「それは賢くなろうとしているんだろう?」 3...
Dec 25th
2 notes
イムジン河を聞いて思い出したこと(2009年10月)
家族で韓国旅行に行ったとき、空港に向かう車の中で、子供達にイムジン河を繰り返し聞かせた。韓国と北朝鮮の戦争は終わっておらず、現在停戦中だということを教えた。日本がしたことも教えた。子供達は少しビビっていた。 ソウルに着き、ホテルにチェックインした途端、僕の友人が車2台で迎えにきていてくれて、借り切ってあったらしい伝統料理屋に案内され、食べきれないほどのおいしい料理をご馳走になり、大歓迎を受けた。家族は大喜びだった。 その韓国人の友人とは、10年ほど前、一緒に事業を行ったことがある。日本法人も一緒に作った。親会社は最終的には成功して韓国で上場したが、当時は時代に早すぎて事業に失敗し、日本法人を精算するなどしてその人ともお金の件でもめ、連絡も疎かになっていた。 ...
Dec 25th
スノーモービルに乗って通信機器を直した話
この話の登場人物のことは、ちょっと調べるとすぐにわかってしまうので、書いてもよいのかどうか、少し考えたが、別段何のやましいところも、困るところもないと思うので、僕の過去の経験話のひとつとして紹介しようと思う。 以下 、話を始めるが、何分昔のことで、当時の記録を探したが見つからなかったので、僕の記憶に基づいて適当に再現する。いろいろ間違いや勘違いがあるかもしれないが、その辺はご容赦を。 1995年12月8日、僕は、株式会社ビー・ユー・ジーという会社の社員だったが、NTTと共同開発したISDN通信機器、MN128を発売した。この機器は販売台数100万台を超える大ベストセラーとなったのだが、発売から一年と少し後、製造のどたばたも一段落して、ようやく少し落ち着いてきた頃のことだ。 ...
Dec 21st
福岡への一日旅(2009年3月)
頑張っている若者たちに対して、僕が何かできることがあるとしたら、こうやって自分の過去の経験をいろいろ紹介することくらいだろう。 チャレンジだけは数多くしてきたので、失敗したことも成功したこともたくさんある。参考になるかどうかわからないが、共感できずとも、反面教師くらいにはなれるかもしれない。 自分で起業した株式会社オープンループのことは、辞めて6年以上たった今も、まだ生々しくて書くことができない。本当は皆、起業時のこと、スタートアップの様々なこと、上場時のこと、そして会社を去るときのこと、それらが一番聞きたいのではないかと思うが、それを話せるまでにはまだあと何年もかかるかもしれない。 そういう訳で、アスキー時代やビー・ユー・ジー時代の話がどうしても多くなる。今日もまたその話である。 ...
Dec 19th
僕の営業
営業という仕事は、会社とお客様をつなぐ重要な接点だ。世の中には多くの営業のプロがいるので、それぞれ考え方やり方は違うだろうけど僕のやりかたを紹介。営業には何が大切だろうか?それは顧客の担当者に対してどこまでしてあげれるかだと思う。顧客の会社に対してではない。担当者に対して。 担当者が自分の仕事に対して真摯であるという前提の話。相手だって普通の人。考えが足りなかったり間違うことがある。そして何かしら自分の仕事について悩みを抱えている。この人の言っていることは無理だな、おかしいなと感じたら、何か理由があるはず。社内での立場、上司との関係、会社の事情など。 ...
Dec 14th
運について
信用できると思って付き合った人が実はとんでもない奴で、筋が通らないことを言われ、トラブルに巻き込まれたらどうする?人を会社に置き換えてもいい。泣き寝入りする?交渉するが面倒なので適当なところで手を打つ?悪いのは向こうだから粘り強く交渉する?内容証明郵便を送って徹底的に戦う? 僕は、「勉強代だと思ってあきらめ、即付き合うのを止める」。なぜかと言うと僕は「運」を一番大切にしているから。運のおかげでこれまでやってこれた。程度の低い奴、手段を選ばない奴、人を騙す奴、自分だけ得しようとする奴、嘘をつく奴、都合よく言うことが変わる奴、そいつらは悪運の塊で「筋が悪い」。 ...
Dec 13th
「多くの人たちに利用されてこそ、技術である。」(井深大) を見て思い出したこと。
Twitterにつぶやたことのまとめ。 某(自称)画期的な通信機器(青い箱)を作ったときに、社内で喧嘩になった。僕が付けた値段に対して反対意見続出。技術担当取締役は「値段を高くせよ、これは我々の技術がぎっしり詰まっている貴重な製品なんだから」と。エンジニアのTOPは「皆が徹夜で作り上げた貴重な製品を安売りしてほしくない」と。 僕は、「良い物を作ったのだからこそ、少しでも安くして1人でも多くの人に買ってもらおう。それが本望だ。」と言って、お偉方相手に一歩も譲らず、結局、最後は社長判定に。社長は「浅田の言うとおりにしても多分会社は潰れないからやらせてみるか。」ということになって、無事世に出すことができた。 ...
Dec 12th
チャンスについて
Twitterでつぶやいた「チャンスについて」のまとめ チャンスって流れ星のようなものだから、いつも頭上をほぼ一定の頻度で通過している。夜空を眺めていなければ、それに気付きもしない。だから、ほとんどの人にとってそれは存在しないも同じ。気付くためには、夜外に出て空を見上げていること。 毎晩外に出て、夜空を眺める人は、時々しか眺めない人よりチャンスに出会う頻度が高い。たくさんのチャンスに出会う人と、そうでない人の違いはそれだけだ。更に多くのチャンスに出会う人は、夜の地域、それも晴れた地方へと地球上をいつも移動している。出会えそうな場所に出向いている。 ...
Dec 12th
決断について
Twitterでつぶやいた、「決断について」のまとめ。(経営者養成ギブスシリーズ) 怖くて決断できないのは、選んだ結果、先で何が起こるか見えないから。最悪の場合、死ぬのか?家族が路頭に迷うのか?全財産失うのか?時間を失うのか?XX万円損するのか?最大のリスクは何かが見えていればさほど怖くない。逆にアップサイドは無限に大きいことも多い。 決断は、起こるべき結果のダウンサイドとアップサイドの比較によって行うしかない。シュミレーションとセンサーが必要。眼をつぶって飛び込んでもうまくは行かない。場合を尽くすことができることが能力。必要な情報を手に入れることが実力。すごい情報が手に入ることが運。 ...
Dec 11th
November 2009
4 posts
@ma10 さんの言葉
先日、東京で、古川 享さんと一緒に、中根 雅文さんこと @ma10 さんにお会いし、いろいろおしゃべりしながら楽しく食事をさせていただいた。 中根さんは、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別研究助教を勤められており、情報システムのアクセシビリティやユーザビリティの研究を行っている。 中根 雅文さんの個人サイト: http://nakane-masafumi.jp/ 中根雅文さんは全盲の視覚障碍者だが、Twitter上で彼のつぶやきを見てもほとんどそうと気付く人はいないと思う。それほど文章もしっかりしており、漢字の間違いさえもない。今回の会合の打ち合わせも、TwitterのDMと電子メールで行ったが、何一つ普段と変わらなかった。 ...
Nov 29th